12月12日 主日礼拝

12月12日 主日礼拝 待降節第三主日
礼拝説教
伊藤大輔牧師

マタイによる福音書 2章1-12節

クリスマスは恵の時。
恵とは一体何か。
東方から来た占星術の学者たちは星に導かれてエルサレムにやってくる。
へロデ王を訪ねる。
「新しい王はどこか」
王は自分。
王がもうすぐ他のものに移って行く。
自分は王でなくなる。
私は私でなくなる。
アイデンティティが崩れていく。
王は自分で自分を守ろうとする。
自分を奪うものを亡きものにしようとする。
福音書は新しい世界を告げる物語。
世界の始まりを意識して物語は構成されている。
世界の始まり、創世記。
アダム、エバ、カイン。
彼らの間違いから世界は始まっている。
足りないもに怯えたアダムとエバ。
それを補おうと行動する。
今の私たちと同じ行動。
神の恵が通りすぎて行ったカイン。
恵を奪ったアベルを亡きもにする。
アダム、エバ、カイン。
彼らは私たちが行うであろうことを実践している。
ならば彼らはどうすれば良かったのか。
人類はこの問いにさらされている。
そのひとつの答えがクリスマスの物語にある。
恵が通り過ぎていく。
カインの経験でもあり、ヘロデ王の経験でもある。
両者は同じ行動をする。
恵まれたものを消去する。
恵が通り過ぎたのは彼らだけか。
マリアとヨセフ。
結婚をしようと計画をしていた。
明るい未来が待っていると思っていた。
恵溢れる生活を思い描いていた。
そこに起こったのが、身に覚えのない妊娠。
予定が全て暗転した。
恵が通りすぎて行った。
ヨセフとマリアはカインとヘロデと同じ体験をしている。
この時、彼らは何をしたか。
恵が通り過ぎて行った現実を引き受けた。
引き受けた彼らに起こったこと。
東方から捧げ物を持った一団が訪ねてくる。
王、国から命を狙われても、逃げのびられる。
なるようになる。
行くべきところに行ける。
通り過ぎたと思った恵より更なる大いなるものに包まれている。
「ユダの地ベツレヘムよ
お前は決して小さいものではない。
お前から指導者が現れる」
行くべきところに必ず行ける。
恵とは何か。
怯え、恐れ、怒り。
これを手放した時に見えてくるもの。
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