夜の出来事
2018年12月23日
伊藤大輔牧師
ルカによる福音書2章8-21節
夜を私たちは知っている。
光が見えない。
希望が持てない。
未来が分からない。
私たちは夜を知っている。
ルカ福音書が記された状況、それは夜と考えられる。
ローマ帝国との戦争に敗れ、神殿は破壊され、国を追われる。
進むべき未来には何も見えない。
闇の前にただ立たされている。
羊の群れの番をする羊飼い。
街、明るさから遠く離れ、闇の中にいる。
守るべき羊は獣たちの格好の餌。
この餌を獲得するためにいつ自分たちが獣に襲われるのか、恐怖と共に夜を過ごす。
羊飼いは、イスラエルの民と重なっている。
そして私たちと重なっているのかもしれない。
夜に人はいる。
ルカ福音書のクリスマスの記事は洗礼者ヨハネと主イエス、
それぞれの家族の話を重ねて語られる。
ユダヤ教の預言者ヨハネ、過去を象徴するもの。
これから生まれる主イエス、未来を担うもの。
過去と未来を象徴する二つの家族に共通して起こったことは「沈黙」をすること。
現実の中で、希望が見えない中で、夜、人がすることは何か。
私の言葉を捨てる。
何かにすがって未来への足がかりを得ようとするのではない。
捨てる。
黙る。
闇の中、何も見えない、何も聞こえない夜にいる羊飼い。
黙って夜に怯えていたものは出会う。
天使が現れ、語りかける。
「恐れるな」。
メシアは飼い葉桶の中にいる。
飼い葉桶。
家畜の餌皿。
メシアは皿の上にいる。
夜、闇、その現実の中で人の望みは何か、
明日への糧は何か。
聖書は語る。
神だ。
神を食べて明日へと進め。
神
闇の中で共に戦ってくれる頼もしい仲間ではない。
闇よりも大きい
闇をも支配する
その方は食べ、その方によって生きる。
私は神でできている。
私は神と共にある。
夜、人は不安になり、確かなものを求めようと探し回る。
人の知恵、私の力で抗えるほど闇は小さなものではない。
私を捨てる。
黙る。
主イエスも十字架の前で黙られたように私も黙る。
「恐れるな」
神が共にいる。
約束の言葉がある。
信じる。
闇はまだ私の前にあるのか。
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