9月13日 主日礼拝
9月13日 主日礼拝
礼拝説教
伊藤大輔牧師
使徒言行録 28章11~16節
使徒言行録の著者ルカが読者に伝えたかったもの。
パウロとは何者か。
パウロは何と出会ったのか。
パウロは「理」と出会った。
世界のどこにいっても通用するもの。
それをパウロはイエス・キリストを通して知った。
ローマに到着したパウロを仲間たちが出迎える。
私たちは少しばかり誤解をしているのかもしれない。
パウロの伝道旅行。
この伝道を通して教会が地中海周辺に誕生したと。
聖書を普通に読めばパウロはダマスコ、アンテイオケア、ローマ、に出向いていくが、そこにはすでにキリストを信じる者たちがいる。
パウロは教会の創設者ではない。
ではパウロは一体何をしたのか。
信仰者の群れ。
それは昔も今も変わらない。
ローマ帝国のキリスト教への迫害はおよそ300年続いたと考えられている。
そこで犠牲になった人数は数千人と考えられている。
1572年のサン・バルテルミの屠殺では、わずか24時間で数千から1万人以上のプロテスタントがカトリック教会によって殺害された。
異教の者との争いより同じ教会同士の方がはるかに残虐になる。
パウロの時代の教会も同様だったのではないか。
イエス・キリストの言葉、行動、その解釈、これを巡って意見が飛び交い、時に仲間割れをし、傷つけ合うこともあったのではないか。
パウロは何をしたのか。
教会を作ったのではない。
パウロが作ったものは教会のネットワークだ。
争っている教会をどのようにしてネットワーク化したのか。
パウロは「理」を語った。
どこの教会でも通用するもの。
どこの教会でも「ああ、なるほど」と言えるもの。
それぞれの教会には「理」がある。
それを否定することなく、その先にある「理」、「合理」をパウロは語った。
パウロの「理」を聞いたもの、ネットワークに参加している。
その者たちが、パウロのローマ到着を出迎えた。
ここで記されている「出迎え」
原語・ギリシャ語の世界ではあまり使用されない特殊な言葉が用いられている。
皇帝や将軍の凱旋を迎える時に用いられる「出迎える」がここで使用されている。
単なるお出迎えの時に使う言葉ではない。
なぜルカは「凱旋」の出迎えを使ったのか。
パウロのローマ到着。
これで勝負はついた。
使徒言行録が記された後、ローマ帝国からの弾圧もある。
教会は苦境に立たされる。
ルカはそんなことは百も承知している。
それらを全て織り込み済みでルカは記す。
パウロの見つけた「理」
負けることはない。
必ず勝つ。
ルカの予言は今日まで間違っていない。
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