「語り始める」

2018年1月7日

使徒言行録4章23-37節

新年最初の礼拝。

使徒言行録から、教会の働きとは何かを改めて考えてみたい。

 

「主イエスの名によって」ペテロとヨハネは足の不自由なものを立ち上がらせた。

それが原因で祭司長たちから尋問を受ける。

帰ってきたペテロたちを迎え人々が祈りをなす。

かつてダビデの語ったことが本当だったことを喜ぶ。

「主イエスの名によって」大胆に語ることを願う。

 

「ダビデの語ったことが真実だった」ことを喜ぶ。

「主イエスの名によって」語る。

これらは何を意味しているのか。


ペテロたちは「主イエスの名によって」癒やしを行った。

ペテロは「主イエスの名」と語る時、何を意識していたのか。


名前によって。

その者の力に頼って、その者の権威によって、色々な説明はある。

その根本にあるものは何か。

それがペテロの意識にあったもの。


「主イエスの名によって」。

ペテロはこれを語る時、明確な意識があったのではないか。

主イエスがいる。

今いる。

ここにいる。

「主イエスの名によって」。

イエスがあなたの手をとって立ち上がらせようとしている。

主イエスがここにいる。


「ダビデの語ったことが真実だった」。

それは単に予想が的中したという以上のことが意識されている。

語ったことが真実。

それは言葉が語られた時と、現実化された時とが重なること。

同じ。

変わっていない。

だからかつて語られた言葉が今起こる。

変わららない。


主イエスがここにいる。

それは変わっていないということ。

弟子たちには明確な意識があったのではないか。

何も変わっていない。

何も変わらない。


人は世界は変わると思っている。

世界が悪くなっても自分はその被害に合わないようにと保険をかける。

頼りになるものを握り締める。

最初の教会の者たちは財産をすべて売り払ったと報告されている。

変わらないと思っている。

何も悪いことは起こらないと思っている。

だから何も握り締めない。


教会の働きとは何か。

世界は変わらない。

天地創造の時、神はこの世界を見て「良し」と言われた。

ここは良い所。

どのような時代にあっても教会はそれを語る。

世界は良い。

それは決して変わらない。

神の愛した世界を信じる。


この年も教会は世界の真実を語る。

世界は神に愛されている。

それが変わらない世界の真実。


日本基督教団本多記念教会オフィシャルサイト

渋谷区代官山の地に半世紀。本多記念教会は、青山学院大学初代日本人院長『本多庸一』を記念して、1953年に代官山にて創立された教会です。私たちは初めてのあなたを歓迎致します。

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