神に仕える

2019年1月13日

伊藤大輔牧師

使徒言行録16章11-24節

 

永遠の命を得るにはどうしたらいいのか。


本日は本多記念教会創立記念日。

教会は永遠の命を知るもの。

その永遠の命はどのようにすれば得られるのか。

主イエスはこの問いに向かい「神を愛し、隣人を愛せ」を実行せよ、と告げる。

だが問いは続く。隣人とは誰か。


わたしたちは隣人をどのように選定すればいいのかと考える。

隣人はどこに、

誰なのか。


主イエスの「良きサマリア人の物語」。

傷を負った者の隣人となったもの。

手当をし、介抱をしたもの。

その者が隣人であると誰もが分かる。

そして主はこの物語の最後に勧める。

「行って、あなたも同じようにしなさい」。


隣人は、どこにいるのか、

誰なのか。

探すのではない。

待っているのではない。

出かけて行く。

なりに行く。

近づいて行く。


エルサレム会議の決定、

パウロ自身も賛成していたこと、

異邦人には割礼は必要ない。

その決定がなされたすぐ後に、

テモテを弟子にするためにパウロは割礼を授ける。

周囲のユダヤ人のことを思って、彼らを大切に思って、

自分の主義を捨てる。

近づいて行く。

出かけて行く。


パウロは「マケドニアに助けに来てくれ」との願いを夢で見る。

神の言葉だと確信し出かけて行く、

近づいて行く。

パウロの言葉を喜ぶものも現れたが反抗するものも出てくる。

鞭で打たれ、投獄もされた。

出かけて行って、近づいても、

楽しいことばかりではない。

つらく、悲しいことを近づいたばかりに経験する。


近づいて、出かけて行って何になるのか。

人の思い、経験からでは納得のいく答えは得られない。

アブラハムも、ヤコブ、ヨセフ、モーセも神が共にいながら苦難と直面する。

神が経験させる。

神は人の予定調和の神ではない。

つらい現実があるとしても「行って同じようにしろ」と神は語る。

何が起こるのか。

出かけて、

近づいて、

教会が生まれ、

伝道が始まる。

出かけて

近づいて

日本にも福音が伝わり、教会、学校が生まれた。

近づいて本多記念教会も生まれた。


2000年、教会はただひたすらに出かけて、近づいている。

国家、企業、組織体、数百年で入れ替わる。

宗教は1000年を優に超える。

人の予定、計画が、かなわなくとも神に仕える。

そうして歩んできた。

永遠へと至る道。

愚直に歩む。

それが教会の歴史。

これまでも、これからも

教会はそうやって歩んでいく。

日本基督教団本多記念教会オフィシャルサイト

渋谷区代官山の地に半世紀。本多記念教会は、青山学院大学初代日本人院長『本多庸一』を記念して、1953年に代官山にて創立された教会です。私たちは初めてのあなたを歓迎致します。

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