思い出す

2019年2月24日

伊藤大輔牧師

創世記31章1-13節

 ヤコブの物語。

古代より伝わる物語は人の姿を映し出す。

私の姿勢が語られている。

 

「それを食べると神のようになれる」。

エデンの園で蛇がエバに語った言葉。

「あなたには欠けているものがある」。

この蛇の言葉から人の心は始まった。

私は不十分、

補わなければ、

獲得しなければ私は駄目になる。

執着、固執が始まる。


ヤコブは兄エサウが受け継ぐはずの「長子の特権」と「祝福」を奪い取る。

これがあれば生きられる。

それをめぐって家族の間で諍いが生まれる。

執着がこの家を突き動かす。

ヤコブは家を追われ叔父ラバンの所に身を寄せる。

ラバンはヤコブを利用する。

娘二人を嫁がせて、20年都合よく働かせる。

ヤコブの妻二人はヤコブの愛を獲得するために競って子どもをつくる。


ヤコブは何故20年も不当な仕打ちに耐えたのか。

二人の妻は何故子どもの競争をしたのか。

そこには同じ思いがあったのではないか。

「わたしは不十分」。

だから相手よりも多く子どもを作らなければ愛されない。

「わたしは不十分」。

だから不当な仕打ちにあっても叔父の所にいなければならない。

「わたしは不十分」。

その不安が彼らをあおりたてる。

 

ヤコブが神の夢を見る。

神は変わらず、ヤコブと共にいたという夢。

その夢で「家に帰れ」と告げられる。


ヤコブは何故エサウのものを奪い取ったのか。

家にいたかったから。

家にいるためには不十分な弟は兄が持っているものが必要だと思った。

固執、執着で自分の場所を確保しようとした。

しかし、それを獲得した時、ヤコブは家を失った。

執着、固執では自分の願いはかなわない。


どうすれば家にいられるのか。

変わらぬ神が「行け」という。

ヤコブに足りなかったもの。

執着の力ではない。

「足りない」と思い込む自分を見つめなおす心が足りない。

変わらぬ神がいるという信仰が足りない。


「あなたには足りないものがある」。

これは蛇の言葉。

「すべては良い」が神の言葉。

私には足りないものはなにもない。

その真実に気が付いたとき、

ヤコブはすがりついていた叔父のもとを後にする。


私が本当に求めていたものとの出会が始まる。

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