1月11日 主日礼拝

1月11日 主日礼拝

礼拝説教

伊藤大輔牧師


マタイによる福音書2章1〜12節

ベツレヘムで生まれたイエスのところに東方から占星術の学者・天文学/統計学の学者がやって来る。

この物語が2000年間、人類に語り伝えてるものは何か?

イエス・この世界に「大事なもの」真実、平和、愛、

それがこの世界に誕生した。

「大事なもの」は人の心に始めに宿る。

私が見つけた、感じた「大事なもの」

世の中が、周囲が「これでいい」と言っている。

「これで間違いない」と言っている。

私はそうは思えない。

「本当は違うのではないか」「人が大切にしなければならないものは違うのではないか」「これが本当は真実なのではないか」

私の心に宿るもの。

イエスが生まれた。

その周辺のものはイエスの誕生に気がつかない。

王のヘロデに至ってはイエスの存在を亡きものにしようとすらする。

私の心に宿るもの。

周囲のものは気がつかない。

それを否定する。

ライプニッツが二進法を見出した時も、アインシュタインが相対性原理に気がついた時も、周囲のものはそれに気づかず否定をする。

量子論を提唱したボーアには「神はサイコロを振らない」とアインシュタイン自らが否定をする側にも回る。

私の心に宿る「本当のこと」それは周囲のものには理解をされない。

イエスの誕生。

周囲のものには理解をされない。

東方の学者たちが訪ねて来る。

近くのものには理解をされない。

だがそれを待っているものがいる。

遠くのもの。

彼らはそれを待っていた。

私の心に宿る「本当のもの」

遠くの誰かに届いている。

遠くの誰かが待っている。

遠くの誰かはどうやって「本当のこと」を見出したのか。

占星術の学者たちはどうやってイエスの誕生を知ったのか。

星を見ていた。

遠くを見ていた。

クリスマスの物語は私たち人類に何を語っているか。

遠くを見ているか?

問うている。

近くを見れば小手先の「点数」「経済」「肩書」に心を奪われる。

遠くを見ろ。

真実に出会える。

真実を貫く心を育める。

心を遠くへ。

永遠へと心を導くことができる。

人類が持っている力。

クリスマスの物語は人の真実を語っている。

1月11日 主日礼拝

礼拝説教

使徒言行録 21章1~16節

教会は何を伝えてきたのか。

人が考えなければならないもの。

大切にしなければならないもの。

それを伝えてきた。

それは何か。

エルサレムへ赴こうとするパウロ。

パウロの仲間たちは、これを止めようとする。

エルサレムに行けば捕えられてしまうから。

命を落とすかもしれないから。

この出来事は情景の報告ではない。

この世界の中にある本質を問うている。

捕まる、命を落とす。

言葉を替えれば、自由がなくなる。

私たちは何故、子どもに学びを勧めるのか。

大人たちは富を蓄積するのか。

自由を得るため。

世界の仕組みを広く学べば、制限から解放され自由を得ることができる。

富を得れば、自分の思いを実現できる。

多ければ多いほど自由度は広がる。

パウロのエルサレム行きに反対をするものたちの根底にあるもの。

自由がなくなる選択をしてはいけない。

創世記、創造神話。

人はエデンの園で自由が与えられていた。

蛇に唆される。

「善悪の知識の木の実」を食べると神のようになれる。

木の実が欲しくなる。

執着、固執。

依存するものが誕生した。

依存、裏を返せば支配。

自由を手放した。

パウロは晩年の著作、フィリピの信徒への手紙で「どちらでもいい」を繰り返す。

執着をしていない。固執をしていない。

パウロの仲間たち。

エルサレムに行けば命を落とす。

命に固執をしている。

それは失ってはいけない、と不自由になっている。

パウロは命にも固執をしていない。

どちらでもいい。

なぜ固執をしないのか。

知っているから。

イエス・キリストを知っているから。

永遠の命を知っているから。

命にすら執着をしない。

命。

失われることはない。

失わないものにどうして執着しなければならないのか。

執着、固執がない。

自由。

パウロが手に入れたもの。

人が考えなければならないもの。大切にしなければならないもの。

自由。

教会が伝え続けてきたもの。

日本基督教団本多記念教会オフィシャルサイト

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