2月15日 主日礼拝

2月15日 主日礼拝

礼拝説教

伊藤大輔牧師


使徒言行録 22章6〜17節

パウロは律法を伝えたかった。

律法の真意を伝えたかった。

それを教えてくれたのはイエス・キリスト。

パウロはイエスは律法を自分勝手に誤用していると思っていた。

律法を分かっていないもの。

無知なのに、律法の理解者のように振る舞っている。

パウロはこれが許せなかった。

イエスの弟子を迫害して回るパウロ。

旅の途中で激しい光の中でイエスに出会う。

光で目が眩み、ダマスコの町に人の助けで到着する。

その街で人々から信頼を得ていたアナニヤ。

なぜ信頼を得ていたのか。

律法を大切に守っていたから。

律法を守っていたアナニヤがパウロに告げる。

イエスの言葉に従え、と。

律法を大事にしている者がイエスを信奉している。

律法とイエスは矛盾しないのか。

パウロはおそらく学んだはず。

学び直したはず。

そこでパウロは律法の真意に気が付く。

エルサレムで捕らえられたパウロ。

命が危機にさらされている時に語り始める。

命がけの言葉。

勝負の言葉。

その言葉は「私は」から始まる。

自分についてを語り出す。

律法について語るのが使命ならばなぜ律法を主語にしないのか。

イエスについて語るならなぜイエスを主語にしないのか。

パウロは律法について語っている。

イエスについて語っている。

それは私を主語にすること。

どういうことなのか。

律法の中心である十戒。

ここには十の禁止が記されている。

禁止されているもの、どうして人はそれを行いたいのか。

自分に自信がないから。

自分を否定し、自分が不十分と思っているから、なんとか自分を誤魔化すために嘘もつくし、他人のものを自分に貼り付けようと盗みもする。

自分を守ってくれる偶像をでっち上げ、それに自分の願いを頼み込む。

十の禁止。

そんなことはするな。

必要ない。

なぜならこの世界は良いところ。

この世界は神に守られている所。

十戒。十の禁止は世界が良いと思えたら自然に実行できるもの。

自分以外のものは必要ないはずだ。

自分以外のものを必要としない。

何が残るのか。

自分が残る。

まことの自分。

それだけでいける。それだけでいけ。

それが律法の真意。

イエスの言葉。

パウロは「私」を語る。

勝負の言葉として「私」を語る。

「私」だけで勝負に挑む。

この言葉はどうなったのか。

2000年後の世界が教えてくれる。

パウロは勝負に勝っている。

「わたしは、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人」

これがわたし。

神の御心を全うする。

律法を完成する。

これがわたし。

自らを知り、自らを生きる。

それが神が、世界が待っているもの。

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