4月5日 イースター礼拝
4月5日 イースター礼拝
礼拝説教
伊藤大輔牧師
ルカによる福音書 24章1〜12節
イースター礼拝。
主イエスの復活を喜ぶ日。
だが、何が私たちにとって喜びなのか。
主イエス以降、誰も復活をしていない。
私の愛するものも誰も復活をしていない。
何を喜べというのか。
教会は2000年続いている。
その間に、教会は世界中に広がった。
日本には約500年前。
プロテスタント教会に至っては150年前からこの日本に来ている。
世界中の教会は「復活」という、自分とは関係にない出来事の何を喜んでいるのか。
私たちは世界をどのようなものと考え、その世界の中でどのように生きればいいと考えているのか。
アダムとエバは楽園で、神から、これは食べるな、と言われた木の実の名前。
「善悪の知識の木の実」
人は世界をどのように把握をしているか。
区別で世界を見ている。
これは、あれとは違う。
その発見、区別が見つかった時に知識は増えていく。
人類の知恵は増加、進歩をしていく。
境界線。区別。差異。
存在の根源から、日常生活の至る所で「差異」を利用して私たちは生きている。
「善悪の知識」
人はこれを思考の源泉においている。
区別、差異。
境界線の書き換えは時に起こる。
冥王星は「惑星」の分類から「準惑星」のグループへと書き換えられた。
だが、決定的な区別、差異がある。
生/死の区別。
これはもはや誰も書き換える事ができない。
「死」に分類されたもの。
これはもはや「生」へ分類されることはない。
復活の物語で空虚な墓で途方に暮れている婦人たちに向かって天使が言った言葉。
かつてイエスが「自分が復活をする」と言った言葉を思い出せ。
あの言葉と、この出来事はつながっている。
天地創造は神の言葉が実現していく物語。
言葉と現実がつながっている。
十字架によって「死」の境界線に入ったイエス。
そこで全ては断ち切られた。
分類は終了していたはずだった。
あの言葉はこことつながっている。
神の言葉と世界はつながっている。
世界は区別、差異、断絶でできているのではない。
善悪の知識。
世界を断絶で整理をして気持ちが良くなっても、それは一時のもの。
断切は争い、戦争の構造。
世界の根本は、構造は断絶ではない。
この世界の真の姿。
つながっている、続いている、何があっても途切れることはない。
汝の敵を愛せ。
敵/味方.。
断絶でものを見るな。
つながっている。
敵などいない。味方などいない。
皆、連続している。
イエスの復活はなぜ喜びになるのか。
世界に断絶はない。
その秩序を教えてくれたから。
この世界の本当の有様を見せてくれたから。
神を表してくれたから。
世界は良い。
復活を信じるものが信じられるもの。
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