6月20日 礼拝

伊藤大輔牧師

マタイによる福音書 6章22−24節

心の灯は目。

その目が濁っていれば心までが暗くなっている。

イエス様は「心」「光」について語る。


目が濁る

心が暗いとはどういうことか。


神に仕えることを忘れ

富に心が奪われていること、と語る。


「神と富とは違う」とはっきりイエス様は言う。

「富」「お金」はそんなに悪いのか。


イエス様は前にもはっきりと否定したことがる。

荒れ野の誘惑。

そこでもイエス様は悪魔を退け「神にのみ仕える」と宣言した。


悪魔は何をイエス様に言ったのか。


石をパンに変えろ。

神が味方か試せ。

世界を手に入れろ。


悪魔がイエス様に囁いたこと。

お前の願いを広げて行け。

身体、安全、支配、

ありったけ拡張、延長

広げて、それを手に入れろ。


小さいところで止まっているな。

狭いところで満足するな。

もっともっと広げ、増やして行け。


富と悪魔はよく似ている。

「もっともっと」を煽っていく。


イエス様はこれでは暗くなる。

目が濁っていくと語る。


何故か。

何が「もっともっと」にはあるのか。


人が「もっと」と思うこと。

その根っこには不足がある。

「ない」「足りない」

それが原因になり「もっと」は生まれていく。


目を濁らせるな、光を消すな。

イエス様は「光」について同じように前にも言っている。

「あなたは地の塩、世の光」だと。

塩の味けを失うな。

光を隠したり、消したりするな。


人は「もっと」と思い始めると自分の「塩味」を、

「光」を捨てようとする。

「もっと」が始まると忘れてしまう。

自分を忘れてしまう。

「ない」「足りない」が自分だと思い始めてしまう。


あなたは「塩」「光」

あなたは神様からちゃんと大切なものをいただいている。

賜物、恵、力をいただいている。

その「塩」「光」を大切にすれば、富などとは比べものにならないものを得ることになる。


「足りない」と思って「もっと」「もっと」と働くことがわたしの仕事ではない。

わたしの仕事は神様からすでに預かったものを磨きいていくこと。

足りないではない。

ちゃんとある。


富に仕えても本当のわたしを知ることはない。

神に仕える。

わたしと神の約束を思い出す。

わたしの使命を果たしていく。

本当のわたしを見つけていく。


目が澄んでくる。



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