「教会が子供たちに一番伝えたいこと」

                                2017年6月25日

                                森下静香神学生

箴言3章1節〜12節
マルコによる福音書10章13節〜16節

神の国に入る。

それは難しいことだとイエスは言う。

今から50年前、一つの教会には平均100人の子供がいた。

今は平均7人。


イエスに触れていただくために人々が子供たちを連れて来た。

弟子たちは人々を叱った。

イエスはこれを見て憤られた。

子供たちをイエスの元に来るのを妨げることは憤るほどのことか。ま

たイエスが憤った対象は弟子たちに対してであった。


教会学校の子供たちの顔と名前を覚える工夫。

手を使ったクラフト。

いろ紙で作った自分の手形を半数の子供が台紙の外側に手が出るように貼った!

四角い台紙に入れようとする大人の発想は、

イエスの元に子供たちを来させず、妨げてしまう発想と通ずる。


「神の国を受け入れる」とは神の律法の権威に従うこと。

大人は、自分が権威を持っていると思うので、神の国に入ることができない。

自分が重要であると思う思いや、自分に権威があるという思いを乗り越えなければならない。

「自分の分別に頼らず」神に頼る。


イエスは最後に、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福される。ここでマルコが用いる「祝福する」というギリシャ語の用法はここにしかない。並行記事であるマタイにもルカにも祝福したとはない。子供たちは、祝福されるべき存在だとマルコは強調している。

子供のように神の国を受け入れる。

それは私たちが子供たちから学ぶべき心のあり方。

イエスが私たちに求める心の態度を、子供たちが教えてくれる。

子供たちが先生であり、従うべきモデル、模範だとイエスは言う。


台紙に貼られた子供たちの手がどの方向を向いていても、

すべての手が神の国へ向かって伸ばされている。

イエスが弟子たちに対して憤られたのは、

子供たちを神の国から遠ざけることは、神の働きではなく、サタンの働きであるから。

説教題に「教会が子供たちに一番伝えたいこと」としたが、

実は逆で、「子供たちから教会が教わること」がある。

子供たちとの対話が今、教会に求められている。

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