8月21日 主日礼拝

8月21日 主日礼拝
礼拝説教
伊藤大輔牧師

マタイによる福音書 15章29ー31節

主イエスの前に「足の不自由なもの」「目の見えないもの」「体の不自由なもの」が連れてこられる。
そのものたちが主イエスによって癒された。
人々は驚き、イスラエルの神を讃美した。
「驚く」
予定と違う、あまりに違う。
その時に生まれる反応。
人々は主イエスに助けを乞うている。
だが、心の奥底には「現実は何も変わらない」
それがこの先も続く予定として植え付けられていた。
「イスラエルの神を讃美する」
「神」とは何か。
律法学者は「神の言葉」と信じられている律法が現状に通じないとして解釈と称し、改ざんをする。
律法を信じていない。
神を信じていない。
五千人を前にして、自分の持っているものでは対応できないと尻込みをする。
嵐の湖ではボートにしがみつくしかない。
当たり前の対応、しかし聖書はこれらは「神を信じていない」とする。
神とは何か。
人が信じることのできない存在。
本当は自分の持っているもので五千人に対応できる。
湖の上を歩いて渡って行ける。
そんなことはあるはずがない、と私たちは思う。
その思いはどこから来るのか。
世界観。
私の知っている世界サイズ。
それが「できる」「できない」を決めている。
主イエスは私たちの「世界サイズ」を壊して行った。
世界はそこでおしまいではない。
もっと先がある。
もっと広い。
カナンの女は主イエスに訴えたが、聞き入れられなかった。
「パンは子どもに与えるもの。子犬にやるわけにはいかない」
女は食い下がる。
「テーブルの上だけが世界ですか。
パンくずは下に落ちるでしょう。子犬はそれを食べてもいいでしょう。
世界はもっと広いでしょう」。
その女の姿勢を評して、主イエスは「あなたの信仰は立派だ」と言った。
世界はここで終わったいると思っていない。
主イエスの前に連れてこられた体の不自由な人々。
当人たちも、周囲のものも、彼らは、不自由の世界で一生を過ごすものと思っていた。
それが世界のサイズだと思っていた。
主イエスはそのサイズを壊した。
驚いた人々は神を讃美した。
人々は神もサイズ化していた。
神様はこの程度でしょう。
困った私には何もしてくれないでしょ。
蛇に唆されたアダムもエバも、世界をサイズ化した。
この世界で幸せになるためには「善悪の知識の木の実」が必要だ。
評価されなかったカインも世界をサイズ化した。
本当は神を殺したかったが、それは出来ず褒められたアベルに手をかけた。
世界のサイズを私が設定した時に私の心はざわめきだす。
喜怒哀楽
感情は世界の大きさが基軸になっている。
世界サイズ、大きさと自分との位置関係で感情は生まれてくる。
世界サイズ、大きさ。
それは神の大きさでもある。
神は何もしてくれない。
世界はこの程度。
驚いた人々は神を讃美した。
神はまだいたんだ。
神はまだ生きていたんだ。
神はもっと大きかった。
世界サイズの変更。
神の発見。
私の持っている世界観・世界サイズ。
それは何も知らない私が設えた世界サイズ。
本当の世界。
もっと大きい。
もっと先へ。
神が備えているもの
まだ見えていない。
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