12月18日 主日礼拝

12月18日 主日礼拝
礼拝説教
伊藤大輔牧師

ルカによる福音書 2章1〜7節

天使ガブリエルから
ダビデ王を超える者があなたから生まれると告げられたマリア。
その言葉を引き受けて来た。
皇帝アウグストゥスの理不尽な人口調査。
日常を中断させて誰しもが故郷に帰らなければならない。
そこに身寄りがあろうがなかろうが、故郷で手続きをする。
選択などない。
ローマ帝国の命令に従うことだけが属国イスラエルのたった一つの道。
身重のマリアとその婚約者ヨセフ。
彼らもその命令に服従をしなければならない者。
故郷と言えども身寄りがない。
宿屋を探す。
国中、事情は同じ。
登録のための旅の者でごった返している。
マリアとヨセフ、宿屋に入れない。
宿屋のないままで月が満ちて子どもを産む。
生まれた赤子を寝かせる場所もない。
飼い葉桶。
そこにしか生まれたばかりの子どもを寝かせる場所がない。
ダビデを超える子どもではないのか。
永遠の支配が約束されてるものではなかったのか。
ガブリエルの約束が本当ならば、どうしてこんなところで産み落とさなければならないのか。
ガブリエルは嘘をついたのか。
マリアとガブリエルの間に起こったこと。
私たちにも起こっている。
どうして私は辛い目に合うのか。
不公平
理不尽が何故、この世界にあるのか。
神がいるのなら、何故、このような状態を許しているのか。
神などいない。
神など信じない。
信じるとはどういうことなのか。
主イエスは山上の説教において
あなたは地の塩、世の光と語った。
人はこの世界を支えるに必要な掛け替えのない賜物を神からそれぞれに授かっている。
命を支える塩
世界に希望を与える光。
誰しもがそれを授かっている。
賜物。
神様と私だけが知っている約束
私だけが分かっている賜物がある。
マリアも同じ。
神様と私だけが知っている約束があった。
ところが、その約束とはあまりにかけ離れた現実にマリアは置かれている。
神の約束はどうなっているのか。
私たちが与えられている賜物とは何か。
神の恵とは何か。
私たちは想像してしまう。
神の恵、神の守りとは患難辛苦から私たちを守ってくれるもの。
闇から私たちを救い出してくれるもの。
悪を遠ざけてくれるもの、と。
それが実現されないと、私たちは呟く。
神は何もしない。
神などいない、と。
神の守り、恵とはそういうものなのか。
イスラエルの民は経験している。
バビロニア帝国に捕虜になったことを。
ローマ帝国によって国土が奪われたことを。
神を信じていながら闇を経験したことを。
神の守り。
神の恵とは何か。
神の恵とは患難辛苦から守ってくれるものではない。
守るのではなく、乗り越えさせてくれる。
どんな患難辛苦、闇をも乗り越えられる力。
何にも負けない力を私たちに与えてる
それが神の恵。
私の塩味、私の光。
私の賜物
何をも恐れる必要のない圧倒的な力。
主イエスは十字架にかかられた。
死を経験された。
主イエスは「死」から逃れて不老不死にたどり着いたというのが聖書の示す人類の物語ではない。
死を経験した。
死に飲み込まれた。
そこから復活をする。
何にも支配されない。
何にも敗北をしない。
勝つ力。
それが私たちの賜物。
マリアはこの後、八日目に生まれた子どもに名前をつける。
イエスと名付ける。
ガブリエルとの約束。
闇の中にあっても疑う必要はない。
真実なる約束。
ガブリエルとの約束を果たそう。
クリスマスが始まる。
 
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