1月1日 主日礼拝

1月1日 主日礼拝
礼拝説教(オンライン)
伊藤大輔牧師

ヨハネによる福音書1章1ー5節

初めに言があった。
人は言葉を用いる。
言葉で自分を確認し
世界を整理していく。
全てのものは言葉で表すことができる。
言葉で置き換えることができる。
では「言葉」そのものはなんと表現するのか。
言葉そのものも「言葉」としか表せない。
「初めに言があった」
という言葉で、言葉について語っている。
他の言葉で代用できないもの「言葉」
私たちは世界をどのように見て、どのように理解をしているのか。
平和という言葉がある。
その平和という言葉は他に代用できないものとして、その言葉を語っていないか。
イデオロギー
利益
民族主義
他に代用ができるものはまだその言葉になっていない。
神という言葉はどうか。
富の代用ではないのか。
権力の代用ではないのか。
欲望の代用ではないのか。
私という言葉はどうか。
家族の期待の代用ではないのか。
世間の流行の代用になっていないか。
コンプレックスを埋めることが私になっていないか。
初めに言があった
言葉を言葉で表す。
他に代用のできないものがあることから聖書は始まっている。
他に替えられない
代用がない
それが世界
それが神に造られた私
掛け替えのない地球と私たちは言う。
その掛け替えのないものを私たちはどのように守って行くのか。
私の使う言葉にかかっている。
私は神を他に言い表すとこのできないものとして神と言っているのか。
神を本当に見ているのか。
平和を、他に言い表すことできないものを平和と言っているのか。
私は「私」としか言えないものを「私」と言っているか。
初めに言があった。
言葉としか言えないもの
そのものとしか言えないもの
それが神であり、闇を光に変える。
それは私たちに宿っている。
他に替えることのできない私
その私と向き合う。
そこから平和への道は始まる。

日本基督教団本多記念教会オフィシャルサイト

渋谷区代官山の地に半世紀。本多記念教会は、青山学院大学初代日本人院長『本多庸一』を記念して、1953年に代官山にて創立された教会です。私たちは初めてのあなたを歓迎致します。

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