1月22日 主日礼拝

1月22日 主日礼拝
礼拝説教
伊藤大輔牧師

マタイによる福音書 19章16~22節 

永遠の命を手に入れるにはどうしたら良いですか。
安心して生きる。
幸せに生きる。
そのためにはどうしたら良いですか。
一人の青年が主イエスに尋ねる。
なぜ、私に尋ねるのか。
神を知っているのなら、分かっているはずではないのか。
掟を守れば良い。
青年は答える。
どの掟ですか。
「殺すな、姦淫するな、偽証するな、・・・・」
十戒の言葉を青年に伝える。
「それらは幼い時から守ってきました」
立派な回答をする。
主イエスは分かっていた。
十戒を確かに、この青年は守っている。
だが、それは形だけ。
人の目には守っていると評価はされるが表面だけ。
それゆえ青年に求める。
「持っているものを全部売り払え」
青年はこれには答えられない。
それゆえ、その場を立ち去って行く。
信仰者は財産を持ってはいけない。
富を蓄えてはいけない。
もし、そのように考えるなら、この青年と同じように、主イエスの心を理解していないことになる。
主イエスの本心とは何か。
多くのものは人を殺したりはしない。
だが、苦手な人、いなくなってくれたら良いのに、と思う考えは持っている。。
臨界点を迎えてはいないが、この心は殺人を犯すものと同じもの。
「殺さない」
表面の行為を問題にしているのではない。
人の心にあるものに問いかけている。
なぜ、私は「いなくなってくれたら良いのに」との思いになるのか。
その理由。
その人の所に心があるから。
その人の所作、言動、立ち居振る舞いを意識する。
私の心が、その人の所に留まっている。
十戒の言葉は同じことを語っている。
あなたの心はあなたのお腹の中にちゃんと治っていますか。
青年は十戒の言葉を本当には守れていない。
誰かの目を気にして、誰かに心を寄せて、自分のお腹から心を離して、十戒は守れば、褒めてもられる、評価してもらえる、永遠の命が与えられる。
心が自分に治っていない。
それが財産放棄の勧めで露呈する。
財産に心がある。
財産が自分自身になっている。
財産を捨てろ。
それは自分自身がなくなること。
青年はこれを聞き入れられない。
心が自分にない。
主イエスの本心は何か。
あなたは地の塩、世の光。
神様からすでに貴いものとされている。
全てが与えられている。
その恵、賜物、それは自分の中にある。
そこに心を留めなさい。
自分の外に何かある。
良いものがある。
富、名声、権力、評価、
良いもの、大事なもの。
だが一瞬で輝きを失うもの。
自分の外にあるものはうたかたのもの。
自分の中にあるものが永遠のもの。
それは分かっているはずだろう。
神に造られたものなら分かっているはずだろう。
それが分からないのは心が彷徨っているから。
取り戻せ。
私の真ん中に心を治めろ。

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