ためらわず行く

2018年5月13日

使徒言行録10章1-33節

 福音がユダヤから異国の者に伝わっていく。

それまでになかったこと。

画期的出来事をルカは記す。

ただこれは過去の記録ではない。

ルカはこの出来事はいつでもどこでも起こるものとして読者に語りかけている。

人の心がある備えをなせば伝わらないと思っているものが、

どこまでも広がっていくと語りかける。

何が私たちの心に必要なのか。


ペテロは異国の者、コルネリウスと出会う直前、二人の女性を癒している。

片方は偶然に出会った者、

もう一方は計画の中の者。

片方はまだ息がある間に合った者。

もう一方は、すでに息絶え、間に合わなかった者。

正反対の者。

正反対であるがどちらの者にもペテロは声をかける。

「立ち上がれ」と。

すると彼女達は立ち上がる。

同じことが起こる。

状況が正反対でも同じことが起こる。


ペテロとコルネリウス。

ヤッファとカイサリア。

離れた街にいる二人。

カイサリアにいるコルネリウスは「ヤッファにいるペテロの所に行け」との言葉を主から受ける。

ヤッファにいるペテロも夢で「神が清めたものを忌み嫌うな」

と異国の者との交流が始まる暗示を受ける。

離れている両者がそれぞれにこれから起こることの示しをいただく。

片方にだけ言葉をかけて「行って来い」「頑張れ」とはなっていない。

両者に語りかける。

ヤッファではカイサリアについてのことが。

カイサリアではヤッファについてのことが。

お互い離れた所で同じ出来事を共有する。

「同じ」の共有が起こる。


ペテロが癒した女性たち。

正反対の状況で同じことが起こる。

ヤッファとカイサリア、

異なる地でお互いに相手を共有している。

あたかも鏡に写しているように正反対なのだが同じものが浮かび上がっている。


人が「伝わらない」と諦めたもの。

それがどこまでも広がる。

ある心の備えが必要。

何が必要なのか。


「同じ」と見据える心。

正反対でも「同じ」ものだと見極める心。

目に見えるものは異なるもの、相反するものに見えるかもしれない。

それでもその本質には「同じ」がる。それを見定める。

「味方と敵」

「生と死」

全く正反対の異なるもの。

永遠の命。

敵を愛する。

敵も味方も変わらない。

生も死も変わらない。

主イエスが私たちに残してくださったものは「同じ」を見極める力。

「同じ」

その心の持ち方が世界を広げていく。 

日本基督教団本多記念教会オフィシャルサイト

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