永遠の命

2019年4月21日 イースター

伊藤大輔牧師 

ヨハネによる福音書20章1—18節

「婦人よ、なぜ泣いているのか」。

墓で泣き崩れるマリアに声がかけられる。

マリアの前から、後ろから同じ言葉がかけられる。

ヨハネ福音書は仕掛けを潜ませている文学。

「時間」「空間」にも独特の考えを持っている。

時間は過去、現在、未来と異なるものと人は認識する。

空間も「ここ」「あそこ」と区別をし把握する。

ヨハネは時間も空間も区別をしない。

「今」「ここ」あたかもそれが「全てだ」と言わんばかりの世界観を提示する。

マリアに「前」と「後」から同じ言葉が語られる。

前も後ろも同じ。

いつでも、どこでも。

世界を語っている。

世界中どこでも語られる。

「なぜ泣いているのか」。

言葉を替えるなら「泣いているのはおかしい」。

世界は泣くところではない。  


主イエスが十字架にかけられ殺された。

正義が踏みにじられた。

優しさが無意味とされた。

愛にはなんの力もないとされた。

正しいことが何一つ通用しない世界。

泣く以外に何ができるのか。

マリアの涙は誰にでも共感のできる涙。

世界は泣くところではない。

世界とは何なのか。  


甦った主イエスがマリアに語りかける。

「弟子たちに『あなたがたの父、あなたがたの神のところに行く』と伝えろ」と。

「神、父」を「あなたがたの」という言い方をしているのは福音書中ここだけ。

それまでは「神、父」はイエスの所有格で語られていた。  


ローマ帝国との戦いに敗れ全てを失い離散するユダヤの民。

信じていたもの、期待していたもの全てが失望に変わる。

泣いて何が悪い。

マリアの涙は民の涙。

神は我らを離れ、遠くの誰かを守っている。

もともと我らは神に愛されたことなどなかったのかもしれない。

神は彼方のもの。

神は私たちとは無関係なもの。


ヨハネ福音書はイエスの言葉として語る。

「神はあなたの神」。

復活のイエス、

死、終わりに支配されることのないイエスが

「神はあなたの神だ」と言う。

ならばこれは永遠の約束。

神とわたしは離れない。


思い通りにならない事、挫折、不条理、絶望、

これまでも、今も、これからも起こる事。

そのどの時も神は変わらずあなたの神、わたしの神。

聖書の民は絶望の中でその信仰によって新たなる歩みを始めた。

世界は泣くところではない。

彼らだけの経験ではない。

わたしもまた「わたしの神」と共に未来へと歩みを始める。  

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