7月12日礼拝

伊藤大輔牧師

出エジプト記13章21-22節  

イスラエルの民は神に守られて約束に地に導かれる。 

物語に登場するものたち、

同じ性格を有している。  


エジプト人、ファラオ。 

モーセのイスラエル帰還の要求を拒む。 

それが災に会うと帰還を許可する。 

だが、災が去るとまた帰還を許さなくなる。  


イスラエルの民。 

エジプトの初子が皆死んでいく災が始まった時、ファラオから帰還が許可された。 

エジプトを出ることに成功した。 

出た途端、空腹、渇きを覚えると、不平、不満をモーセにぶつける。 

「エジプトにいた時の方がよかった」 


エジプトのファラオ、イスラエルの民、 人には同じ特徴がある。 

「今のままでいい」

 「あの時はよかった」

 過去、わかっている今、

そこに留まりたい。

 新しいところ、未来、

そこには行きたくない。  


彼らだけではない、

私たちも同じ。 

過去で成功したとこ。 

それをなぞろうとする。 

過去から出たくない。 

見えない未来。 

見えても不安なことばかり。 

感染症、大雨、経済不安。 

先に進んでなんになる。 

 私たちも、物語の民も同じ。 

未来に行くことを恐れている。 


その中で未来に行こうとするもの。 

神だけが、未来に進もうとし、進めている。 

「約束の地があるから行け」と言う。 

先に進むことが困難な海があれば、その真ん中に道を通して進ませる。 

雲の柱、火の柱で、常に守り進ませる。 


 人は未来に行きたくない。 

神は未来へと進めていく。  


私たちは未来に希望など持たなくとも良いのだろう。

絶望しても、諦めても良いのでしょう。 

それであっても、それでも、私たちは未来へと進んでいる。 

単なる時間の経過でやってくる未来ではない。 

神に導かれ、約束の地へと、素晴らしいところへと進んでいる。 

人がどんなに嫌がっても、拒絶しても、諦めたとしても 素晴らしいところへと引っ張って行く。 

それが神。 

それが恵み。 


未来に希望の持てない日々であっても、私たちは神に導かれ、

 今も約束の地へと進んでいる。

日本基督教団本多記念教会オフィシャルサイト

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